医療関係

がんにおけるT細胞免疫療法を実例で解説:動態解析の重要性

中村ゆうた

医療分野に携わった方で、免疫療法という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

免疫療法では私たちが持っている免疫の力を使ってがんの治療を試みます1。一例として、がんが免疫細胞からの攻撃を回避する力を抑える「免疫チェックポイント阻害薬」が以前から保険診療で認められてきました1

免疫チェックポイント阻害薬が使われている中で、近年はCAR-T細胞による免疫療法も用いられています。

ではCAR-T細胞による免疫療法とはどのような治療法なのでしょうか。Martín-Martín L. et al. (2024) Blood Cancer J. の報告(以下、紹介論文)を実例として交えながら、がんにおけるCAR-T細胞の免疫療法を解説していきます。

【紹介論文】Martín-Martín L, et al. Impact of the kinetics of circulating anti-CD19 CAR-T cells and their populations on the outcome of DLBCL patients. Blood Cancer J. 2024; 14: 83.
doi: 10.1038/s41408-024-01065-z
licensed under CC BY 4.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

はじめに

CAR-T細胞による免疫療法の紹介論文の解説に入る前に、CAR-T細胞そのものを知らない方は多いのではないでしょうか。

CAR-T 細胞による免疫療法では患者のT細胞を採取し、がんを攻撃する分子(CAR:キメラ抗原受容体)を遺伝子導入しています2。まずは日本で実施されているCAR-T細胞による免疫療法の現状と、どのような病気の治療に使われているのかを見ていきましょう。

CAR-T細胞による免疫療法の概要

2019年3月にチサゲンレクルユーセル(商品名:キムリア)が日本で最初のCAR-T細胞による免疫療法として承認され、2023年1月までに5種類の薬が日本でも使われるようになりました2

がんを攻撃するCAR-T細胞を作るためには「この特徴を持つ細胞はがん細胞です」と認識させるための目印が必要です。2023年1月までに日本で用いられている薬はCD19、またはB-cell maturation antigen(BCMA)を目印としています2。同じ目印を攻撃するCAR-T細胞でも少しずつ適応は違うため注意が必要です。CD19を標的にしたCAR-T細胞は難治性/再発性びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)に、BCMAを標的にしたCAT-細胞は多発性骨髄腫に主に使われています2,3

中村ゆうた

紹介論文はDLBCLに対するCAR-T療法の報告なので、この記事ではDLBCLとCAR-T細胞療法の関係を中心に解説していきます。

DLBCLとCAR-T細胞による免疫療法

DLBCLは最も多くみられるリンパ腫病型で全体の30~40%にのぼります4。DLBCLの治療は基本的に化学療法(R-CHOP療法)ですが、DLBCL患者のうち30~40%は再発・抵抗性になってしまいます4

CAR-T細胞による免疫療法は、再発・抵抗性のDLBCL患者にも有効性が確認されました5。再発・抵抗性DLBCLの治療法としてCAR-T細胞による免疫療法は1つの選択肢になり得るでしょう。しかしCAR-T細胞による免疫療法後に長期的なコントロールができているのは半数以下であり、現段階では課題が残っています6

紹介論文の目的と成果

CAR-T細胞による免疫療法を実施してもDLBCLが部分奏功、もしくは奏功しなかった患者(PR/NR)もいます。では完全奏功(CR)*した患者とPR/NR患者に違いはあるのでしょうか。

紹介論文ではCAR-T細胞による免疫療法を受けたDLBCL患者のCAR-T細胞の動態を調査しました。PR/NR患者とCR患者のCAR-T細胞の動態を比較したところ、CR患者には次の特徴が見られています。

  • CAR-T細胞の血中濃度ピークのタイミングが早い
  • 3年以上経過しても血中からCAR-T細胞が検出されることがある

CR患者ではPR/NR患者よりもCAR-T細胞が早い段階で最高血中濃度に達し、長期間CAR-T細胞が血中から検出されました。また、CAR-T細胞の動態や種類をモニタリングすることで初期段階に治療リスクを予測できるスコアも提案しています。リスクを予測できるようになると早期に治療方針が決定できるため、患者の負担の低減が期待できるでしょう。

CAR-T細胞による免疫療法ではCAR-T細胞の動態解析や種類の確認が役立ちそうです。

完全奏功(CR)*:DLBCLの病変の消失が少なくても4週間以上にわたって続いた例7

紹介論文を図解でも解説しておりますので、興味のある方は図解もご覧ください。

FCMを用いたT細胞の動態解析

紹介論文ではCAR-T細胞の動態解析の有効性が報告されています。

薬の動態を確かめるには、被験者の方に薬を使ってもらい、採血をしたり排泄物の検査をしたりして解析するのが一般的です8。しかしCAR-T細胞は患者の体内から採取した細胞に由来します。通常の動態解析では普通のT細胞と同じように処理されてしまい動態解析ができません。

紹介論文でCAR-T細胞の動態解析を可能にしているのが次世代フローサイトメトリー(NGF)です。NGFは従来のフローサイトメトリー(FCM)と比較して感度が向上したり、ばらつきを少なくしたりといった工夫がなされています9。ただし基本原理はFCMと同じです。

FCMの原理に触れ、紹介論文での応用例を見ていきましょう。

FCMの原理

FCMは細長い流路を流れていく細胞に光を当て、散乱光や蛍光を検知することで一つひとつの細胞を識別する技術です10

細胞は種類によって膜表面の特徴が異なります。例えばCD8陽性T細胞なら膜表面にCD8という分子が存在します。「CD8陽性T細胞があるかを確かめたい」と思ったら、細胞膜の表面にCD8があるかどうかを確認するのが1つの手段でしょう。FCMでは膜表面の特徴の違いを光によって識別することで、目的とする細胞を検出します。

しかし光をそのまま細胞に当てるだけでは蛍光が出ることはほとんどありません。そこで蛍光標識された抗体を膜表面の分子にくっつける前処理を細胞にします。

「CD8陽性T細胞があるかを確かめたい」と思ったら細胞の表面のCD8に緑の光を発する抗体を前処理でくっつけます。FCMの中で光を当てるとCD8が緑に光るので、緑に光る細胞が多いほどCD8陽性T細胞が多いと言えるでしょう。今回は例として緑を挙げましたが、他の色と組み合わせることもできるので実験に合わせて選択します。(赤と青と緑に光ったら○○細胞……のような感じです)

紹介論文におけるFCMの応用

紹介論文ではCD19を標的としたCAR-T細胞に緑で蛍光標識したCD19をくっつけて検出しています。普通のT細胞は緑に光りませんが、CD19を標的にするCAR-T細胞は緑に光る仕組みです。

紹介論文では患者から定期的に採血して前処理をした後に、どのくらい緑に光る細胞が存在するかでCAR-T細胞の動態を確認していました。他にも様々な色を組み合わせることで、どのような種類のCAR-T細胞のモニタリングが治療効果の予測に有効かを推測しています。

CAR-T細胞による免疫療法の可能性と課題

紹介論文ではCAR-T細胞の動態解析することで治療予測に役立てられる可能性があるとわかりました。患者のT細胞の状態、種類から早期に治療リスクを推定するスコアも提案しています。治療リスクが早期に見通せるようになると患者に合わせた対処がしやすくなるでしょう。

CAR-T細胞による免疫療法はDLBCLに対して一定の有効性が報告されています5。治療リスク推定の助けになる動態解析は治療方針の決定に重要になってくるかもしれません。

CAR-T細胞による免疫療法には、治療効果のばらつきやターゲットとするがん以外の再発、副作用といった課題も現在は見られます。紹介論文で提案されたCAR-T細胞の動態解析は、課題解決の足掛かりになる可能性があるでしょう。

参考文献

1, がん情報サービス>診断と治療>免疫療法

2, 大西 康. CAR-T細胞療法の基礎知識. 日造血・免疫細胞療会誌. 2023; 12(3): 148-156.

3, 石田禎夫. 多発性骨髄腫におけるCAR-T細胞療法. 日造血・免疫細胞療会誌. 2023; 12(3): 141-147.

4, 丸山 大. びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の病態・診断・治療~高悪性度B細胞リンパ腫の代表的病型として~. 日内会誌. 2021; 110(7): 1404-1410.

5, Sehn LH, Salles G. Diffuse large B-cell lymphoma. N Engl J Med. 2021; 384: 842–58.

6, Baguet C, et al. Early predictive factors of failure in autologous CAR T-cell manufacturing and/or efficacy in hematologic malignancies. Blood Adv. 2023; 8: 337–42.

7, PMDA>臨床成績の記載方法及び集計基準

8, PMDA>レギュラトリーサイエンス・基準作成調査・日本薬局方>基準作成調査業務>ガイダンス・ガイドライン>薬物動態領域>医薬品の臨床薬物動態試験について

9, Flores-Montero J, et al. Next Generation Flow for highly sensitive and standardized detection of minimal residual disease in multiple myeloma. Leukemia. 2017; 31: 2094–2103.

10, 瀬田大智, 他. フローサイトメトリー実験:原理・活用・発展. 日大医誌. 2024; 83(1): 27-32

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中村ゆうた
薬と科学の世界を文章に | 薬剤師 | 大学で免疫学と製剤学を研究▶ジェネリック医薬品とOTCを取り扱う製薬企業で研究開発、人事企画▶ライターとして活動 | Medi+様の第19回医療ライターのはじめかた講座受講生